明日8月15日は、終戦記念日とされておりますが、もう81年前の事となり、戦争体験され生存する方々は、今ではわずかになってきました。
あの戦争はこうだったと、一言で言い表すことはできませんが、歴史を書くものは勝者であって、勝った国の言い分が、その後の歴史として残るわけです。
負けた国の言い分、歴史は残らず、わずかに口伝、言い伝えとして語り継がれるのみです。
日米戦争のはるか前に、今のアメリカが独立するはるか前に、そこには(北米大陸)インディアンが先に住んでいたはずですが、部族ごと皆殺しに会い、絶滅しました。
我々日本人としては、その民族まるごと消滅させるという発想は無いものですが、なぜだか白人には、この思想が残っているのです。そして、原爆まで開発してまるごと、動植物を一瞬にして、消し去っても良いとの正義感は、いったいどこから来るのでしょうか。
8月15日の少し前に、広島と長崎に落とされたと言われる原爆現象も、考え方としては、まるごと消滅です。
しかし、現実としては、広島も長崎も消滅せず、次の日から復興作業がなされ、今日を迎えております。
(上記写真は、1946年11月7日ファットマン爆弾実験の完遂祝賀式典でキノコ雲形ケーキに入刀する軍人:この発想がわかりませんね)
なぜ、原爆で消滅しなかったのか、
なぜ、放射線被害・被ばくは起こらなかったのか。
原爆なら、その放射線濃度が測れたはずですが、なぜか、
測定不能と言うのが、勝った国の言い分でした。
爆心地にも、樹木は生え続け、奇形児の出生はその後もありませんでした。
原爆を使ったというのが、アメリカの主張ですが、語り継がれる真実からは、原爆ではない兵器が多量に使われていた事になります。
我々は、まだ原爆後遺症の中にいるようです。

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