便利さの科学と伝統

世の中、専門家といわれる人々ほど怖いものはないでしょう。

特に、科学系の世界は、人の命と直結する部分が多いので、例えば、医者から手術は成功しました、

しかし、命は失ってしまいましたなど、こんな事が起こりうる世界です。これは、自分が担当した手術の成否だけを見ているのであって、その人の命を見ていない医者の言い訳となります。

確かに、科学の発達は、日々止めるとこが出来ないほど、我々の目に見える形で表れて来るので、今日よりも明日、明日よりも明後日という事になりますが、その発達が本当に我々人間にとって、役に立つものであるかどうかは、数十年の後になってみなければ、わからないものでしょう。

新しいからといって、すべてが善とは限らないのが科学です。

新しいという事は、人体実験がまだ、十分に行われていないという事ですので、最近のコロナワクチン注射や人工甘味料、人口保存料、スマホ、携帯電話などで育った人間の、その数十年後やその子孫が、どのように育つのかは、まったく未知数です。

これに対して、数百年~数千年の長い人体実験を経て来たものを、伝統ととらえれば、食べ物に関しては、日本人なら、和食が伝統食になったり、勉強で言えば、紙の本を繰り返し読み込む事が、伝統と言う害のない方法であることがわかります。

賢者は歴史に学び、愚者は体験に学ぶの

例え通りです。

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